メキシコ女子初のオリンピアンは、母であり医師、プエルトリコと米国の思いも乗せて東京に挑む

長女とともに1番ポーズを取るアルマ・ハネ・バレンシア・エスコタ(メキシコ)=UWWホームページ

世界レスリング連盟(UWW)はホームページで、3月の東京オリンピック・パンアメリカン予選(カナダ)の女子57kg級で優勝、メキシコの女子選手として初めてオリンピックのマットに立つことになったアルマ・ハネ・バレンシア・エスコタ(29歳)を特集。出産と医学部卒業の壁を乗り越えての快挙であることを報じた。

17歳でレスリングを始めたバレンシア・エスコタは、19歳でメキシコのグアダラハラ大学医学部に入学。レスリングを続けながら、夢だった医師への道を目指した。医学部は通常6年間で卒業できるが、レスリングのために学業を中断したこともあり、10年をかけて2019年に卒業した。

レスリングでは、2011年世界選手権55kg級に初出場して10位となり(4回戦で吉田沙保里選手と対戦)、2012年ロンドン・オリンピック・パンアメリカン予選3位、2014年中央アメリカ・カリブ大会53kg級優勝などの実績を残した。選手生活をかけて2016年リオデジャネイロ・オリンピックの3度の予選に臨んだが、第1次と最終の世界予選で、ともに“あと1勝”が破れず涙をのんだ。

ここでいったんマットを下り、2012年ロンドン・オリンピックの男子フリースタイル84kg級銀メダルのハイメ・ユセプト・エスピナル・ファハルド(プエルトリコ)との結婚生活(注=米国とメキシコに別居していたもよう)と学業に落ち着き、2017年5月に長女を出産した。

レスリングから離れられない。レスリングは人生の一部です

しかし、レスリングを離れた3年の間に考えることがあり、まだやりたい気持ちに気がついた。ナタリア・ボロビエワ(ロシア=2019年世界選手権72kg級優勝)や、ソフィア・マットソン(スウェーデン=オリンピック4度連続出場を目指す)が、出産しても、なおかつ世界のトップを目指している姿に刺激され、「母になってもレスリングが強くなることができる」という重いが復帰を決意させた。

2011年世界選手権では、吉田沙保里とも対戦

「それがクレージーだということを知っていますが、私の心の中から、復帰するべきだ、という思いが沸き上がってきました。マットに戻ることを毎晩夢見ました。レスリングから離れられない。レスリングは人生の一部です」

2019年2月のセーロ・ペラド国際大会(キューバ)で復活。決勝でキューバ選手に敗れたものの、大学卒業のあと、夫のいる米国へ移り、米国の最強大学であるペンシルベニア州立大学のクラブ・チームに参加。実力養成に励んだ。

パンアメリカン予選には、負傷で戦列を離れていたヘレン・マルーリス(米国=2016年リオデジャネイロ・オリンピック優勝)が出場してくるので「最高の状態に仕上げて予選に臨みました」と言う。マルーリスとは別ブロックだったが、準決勝で59kg級世界チャンピオンのリンダ・モライス(カナダ)と激突。

4年前の「あと1勝」の悪夢がよみがえったようだが、「自分を信じて準備してきた。あとは闘うだけ」と言い聞かせ、3分45秒、フォール勝ち。長年の夢をかなえた(決勝はマルーリスの負傷棄権により、優勝)。

「私には(メキシコ女子の)前例がなかった。若い選手に、いい見本を作れたと思います」と話し、メキシコ女子の第1号オリンピアンになる喜びを表した。メキシコのみならず、プエルトリコ(夫)と米国(練習仲間)の思いを受けて闘う東京オリンピックでの活躍が楽しみ。